昭和49年9月27日 合楽示現活動一泊研修会における御挨拶   (信太郎)



 この方の道は傘一本で開かれる道だ。それと簡単に教えておられる訳ですけれども。なかなか簡単な事ではないと思います。ね。問題は、その傘一本が問題でありまして。その傘一本が持てれるようになると、それこそ、傘を開くぐらいに見やすい、楽しい、有り難いという事になると思います。どんなに、例えば熱い日であっても、傘を持っておりますと、その、そこに熱い思いをしなくても済むし、どういうお湿りがあっても、いわば濡れんで済むのです。傘を持っておる事を致しませんと、少し雲って来ただけでも不安になります。降りゃせんかと、空模様ばかりが気になります。その、ぽつりぽつり落ちて参りますと、その、いよいよ走り出したくなります。それでも、まあ、雨よけでもする所があれば良いのですけれども、ない所では結局濡れて、しもたれにならなきゃならんのです。
 ですから、不安なのです。あれは傘を持っておくという事は、なら、風呂を沸けろうが、どちらに致しましても、便利というか、安心であります。教祖様が傘一本で開かれる道と仰ったのは、そういう事だと思うんです。いと簡単に開けるぞと。金光様の御信心は、もうそれこそ、簡単に誰でも開く事が出けるぞと言われるのではなくて、一本の傘を持つことによって、道は簡単に開けるんだと。今朝の御教話の中にもお話を申しておりましたように、真の信心とは、安心のおかげを受ける事であります。これは三代金光様のお言葉で頂いたんです。御本部のお茶接待をなさっておられる所におられる叔母さん。あの方も、やっぱ古賀さんて言うんですか。やっぱ、古賀(せいてな?          )。ね。あの方のお婆さんになるんですね。あの方のいわばお家なんです。(親族?せんぞく?)という所にありました。あちらにお話に参りました時に、まあ、これ頂いた事なんです。金光様から、それこそ、これは家宝として取っておきたいから、一筆お願い致しますと言うて、白癬を差し出された時に、金光様、あの、小さい字でした。もう、このくらいな字で、これより、もっとこまかった。(にく細くしてね?)、真の信心と真中に書いてあった訳なんです。金光様はなかなか皮肉なお方でしたね、そういう意味で。あれは、中へいっぱいこうね、真の信心という風にこう書いて下さるなら、それをこう、額にでも上げてこうしたいのですけれども。金光様はそういう事はなさいませんよね。私どもは、今の光昭が誕生致しました時なんかは、ちょうど御参拝のおかげを頂こうと、あの時分は報徳祭が15日でしたかね、今は10日ですけども。に、お参りをさせて頂く、としておるところに、出産のおかげを頂いた。それで、親先生のお供でしたから、親先生がその事をお届けされましたら、あの、光昭というお書き下げを頂きました。それが、何ともまあ、このくらいなあの(こんぐらいにですね?)。こんくらいに(    )ぐらいなね、紙切れに、その、三代光昭とお名前をですね、あの、ふりがなをつけてから下さった。こんな大きな、ね、白紙にでもしてあるんなら、本当、まあ、もっと有り難いと思うんですけれども。そういうところにも、私は金光様の信心を伺わせてもらえれると思うですね。見るためじゃないです。人に見せる為じゃないです。これは、もう貴方だけのものですというような感じですね。真の信心。あまりにも大きい事ですから、金光様の信心しとりゃ、真の信心という事じゃないのです。ほれは金光様の信心は真の信心。金光様こそ真の信心と言うけれども。ね、真の信心が出けたら、それこそ、真のおかげが現れます。真のおかげが、いわゆる真の徳が受けられます、と私は思うです。ね、そこで、まあ、いよいよ、これはという事はないにいたしましても、結局その、真の信心を願い、そして求め、求めさせて頂くわけです。それを、まあ、求道という風に申しますけれども。あの、学院の講堂の二階にありますね、求道という。高橋雅夫先生のお腕になるものですね。素晴らしい字で書かれてますが。求道、求道と言うてもね、その、手当たりしだいに、様々な修行をしてみたり、様々な事をしてみて道を求めて行くというんですけれども。それは、私はあまりにももので、そして、与えられるか与えられないか分からない、手探りですから。
 ね、私は、その求道する前にね、先ず光を先に求める事だと思うですね。ね。光を先ず求めて得ましたならば、そこから道はハッキリして来るのです。しかも、それは、もちろん限りのない道です、天地に繋がるという道ですから。ね。金光様の御信心は、ここからここまで分からなければ、おかげが受けられん、お徳が受けられんというのではなくて、本当なこと、真の事をです、焦点にして進んで行くという一心発起の心が生まれて参りまして、それに一歩一歩近づいて行こうという精進をする気になり、する事になればです、もうおかげを頂かれるはずです。生神金光大神、天地金乃神一心に願え。おかげは和賀心にあり。まあ、私はこれが御道の信心の眼目だと思うのです。ね。ですから、結局和賀心を求めての全てである。私、教祖様のこの御教えも、すべてが、まあ、言うならば和賀心を頂かせて頂く為の教えだと言うても良いと思うくらいです。ね。その和賀心を本気で求めようという気になり、その事にいわば精進させてもらう。これは、だから、真の信心とは、和賀心を求め続ける事だと言うても、いわば良い訳です。そこで、やはり欲しいのは光であります。良い師匠につくと申します。やはり良い師匠のところでは、良い弟子が出けます。名称のところに弱卒がないように。とにかく、私は本当に、ね、足を動かして、手を動かす事すべてをです、その師匠によって習うて行くという生き方。しかも、その師匠が、ね、言うなら、あるところまで頂いておられる。言うならば、お徳を受けておられる。私はもう、何ち言うんですかね。力のない、言うならば光のない師匠をという事は、だいたい金光様の御信心では、こんなに、まっ、ふの悪い事はないと言うても良いですね、師匠に恵まれないという事は。ね。そうすると、そんなら、もうこの人ならばといったような師匠が、まあ、何処にもここにもあろうとは思われません。私どもの青年時代、まあ、北九州にはとりわけ、三松と言われるほどしの、大変お徳を受けられた先生方がおられました。桂松平先生、石橋松次郎先生、安武松太郎先生。もう、今から思うてから、もうそれが、教えて教えてたまりません。青年時代に久留米には毎日日参をさせて頂いておって、石橋先生のお話を聞きよったけれども、その習おうとしてない。本当の信心に振れよう、もう本当のものを先生から頂こうといったような意欲がサラサラなかった。ただ参っておって、あの(ふんぼう?)に接しておったというだけで、まあ、これだけでも有り難いんですけれどね。安武先生の御晩年の頃など、私は数えて三回ぐらいしかお目にかかってないです。もう、その頃は、まあ、言うなら止むに止まれぬ、まあ、求道心というかですね。信心が分かりたいという一生懸命の時でしたから、誰が何と言うても、やっぱり御参りさせてもらったり、また、先生の、私はちょうど福岡での修行中の時分でしたけれど。まあ、あの、星野先生の、吉野先生のところの開教式。あそこの、こう、小さい店がありました。そこを通らせて頂きよったら、大きなトラックから、安武先生が下りて見える。あの頃はまあ、終戦直後とは言え、安武先生が福岡にお出でられるというにトラックでしたよ。それから、堀尾先生が下りられね。それから、後の者が、まあ、顔だけは知っておるという先生方やら、御信者さん方がトラックから下りて見えた。そして、あの、あそこは何ですか。高宮じゃない、平尾。ね。平尾教会の、今日は開教式だと。もう、それこそ、もうやっぱり恵まれておったと思うんですがね。その時に、安武先生の長いお説教というのは、初めて聞きました。本当に素晴らしいですね。安武先生が見えるというからでしょう、あの、(ごえん?)の方には、あの、もうそれこそ、道が切れるくらい(病人?)を連れて来ておる。ね、親先生のそのお話を頂いて、言うならば、奇跡でも起こるといったような働きがあっておったに違いありません。だから、今日は甘木まではお参りきらんけれどもと言うて、福岡の御信者さんの、言うなら、あの先生に帰依をしておられた方達の隅で、まあ、参って来とったんじゃないかと思うんですが。ね。本当に、ああいう先生に本気でついてです、本気で先生の言われる事、成される事を見たり聞いたりしておったら、まあ、どんなに素晴らしい信心が育てて来ただろうかと思います。ね。一遍は、佐藤和夫先生が教官の時分に、あの、博敏先生が前講で、甘木にお見えられました。で、幹部の信者に対する、まあ、研修会のような事があって、(とれて?)教団の生き方、在り方といったような事について、そのお話を下さるというので、私ども参りましたのですが。ね。もう、本当に有り難いと、今から思うてから、(                )とこう、あの、二階の広場で長い机が部屋中にこう。そして、正面の方へ佐藤先生方が(       )。で、その、こう横の列に、第一番に甘木の先生がおられる。それから、後から分かったんですけれども。北九州、何とか言っておりました。三橋か何かという。ね。あの、大変熱心な御信者がおられます。その次に大坪という名前が書いてあった。(         )。言うならば、もう一手おいてここに安武先生をこの頂いて。ですから、もう感激しましたね。あの時分の時の事を、私は色々思わせて頂くんですけれども。その、当時福岡におりました。そういう通知を受けておりましたから、旅費のお繰り合わせも頂かなければなりませんし、お米も確か5合か4合か、あの持参という事でございました。ところが、その実はお米もございませんでした。まあ、お繰り合わせをお願いさせて頂いてから、福岡の教会にお参りをさせて頂いて、また、二度目にお参りをした時だったと思います。もうお参りをして、旅費のお繰り合わせ、色々なお願い。まあ、お米なんかは、ご飯を(        )からね。まあ、今から考えてみると、ほんのわずかなお金ですよね、その、福岡から甘木までの電車賃ですから。それがなかったんです、本当に。だから、あの、唐人町の市場の方へ、以前、商売しておった時の店がありましたから、まあ、そちら、(あてどもないまま?)に行っておりましたら、もう唐人町の市場の角んところで、福岡の今の奥様です。大坪さんち言うて、こう呼ばれますから、ビックリしましたら何と奥様です。あんたは、もう善導寺へ帰られますかて聞く、はい。今日は甘木で、明日は夕方帰りますて言うた。そんならすいませんけど、あの、星野教会からお茶を相談しとったと。受け取った。それで、お金をね、まだ差し上げてなかったから、すいませんけれども、善導寺の教会まででも、善導寺の出社になる訳、星野教会。に、届けておいて下さいませんかと言うわけ。もう、おかげ頂いたと思いましたよね、人ん金でも。それを、(承知しました?)と言うてから、それを預かりまして、まあ、(                 )お金で、おかげでお初穂も出けますしね。そして、その、長浜町でしたが、長浜へ帰りましたら、あの、家内がお米をおかげ頂きましたちゅう。ね。近所に、もう、その、朝鮮人部落がありましてね、焼酎のお神酒を何かやっておって、もうそこに行くには、まあ、煙草を拾うて歩くような人達ばっかりが、あの、今のあそこは図書館ですかね。(長浜   )出て来ますでしょう。あの、あの頃は家はそんなんでした。大きな広場で、もう野球が1組も2組も一緒に出けるというような(    )地でしたからね。それがね、その、家内がその、(上の方のを持ってやっとったっち?)。そりゃもちろん、お金を取れるような、別にようさいをお稽古しておる訳でもないですけれども。もう、お婆さんのその、(むくひろい?)ですかね。それに、もう、私は見ておりました。ほんなもう、あの、何ち言うですか。あの、毛布です。もう、もう、(             )これこそ、商売人じゃ絶対身は切らんとでしょうて、金は金で、まあ、そのもろうてやっとったっち。それはもう、(      )けれどもね。そん、お米が入ったっち。それで、この頃のその、仕立がえのつもりでね、これはあの、と言うて、お米を一升か二升か、あの、持って来てやっちゃった。そりゃ、もう家内も喜んで、今日はお米を持って、ならいっちょなさったが、いや、お米(           )旅費がなからにゃと言うたのに、おかげを頂いて、旅費もそのようで、人の金ではあるけれども、まあ、神乍にお繰り合わせを頂いたお米を持たせて頂いたと。そして、こういうような、神様のこういう貧乏をしておりますけれども、このように間違いのない神様のお働きの中に、実は今日はこうしておかげを頂いてるんですよと言うて、その話を私はしたんです。甘木の親先生、横でこうやって、泣いて聞いて下さった。もう、先生一人ででもええというような気がしたんです。ところが、後ろの方へ、その時には(あひぐち?)さんとか、(    )さん辺りはその会に入っておられませんでしたけれども、ご熱心ですから、やはりそこに来てお話を聞いておられました。そして、あの一服になりましたら、平田さんと樋口さんが二人で来てから、もう、貴方あげな話ばしてから。金光様の信心すりゃアンタ、あげん貧乏せんならんてん誰でん思うばいち言うちから、もう言わっしゃる事、言わっしゃる事ですね。私、黙って聞いとったばってん、私がいつまで貧乏するって、私は神様に約束しとる訳じゃなかばいて、私は言いました。それを、隣におられた三橋さんが聞いておられた。三人の前でした。ここで研修会がある時に、早目に三橋さんとたまたま樋口さんが見えて、大接間でお話をしよったら、樋口さんにその三橋さんがですね、樋口さん、樋口さん、アンタが昔、あの、ここの先生じゃったばい、アンタが、あの、アンタと平田さんで喧しゅう言うたと。いいえ、そげな事私は言うとらんち。えらい言い訳。いいえ、それは私が側でついといったちゅうような事でしたがね。ね。例え、それが、例えば、もう人の金であってもです、例えばその5合の、そのお米のお繰り合わせてん何てんちゅう事は大した事なかろうごとあるけれども、その時の私の5合のお米というのは、本当神様の働きの間違いない事に、もう感激いっぱいでその、会合に参加させて頂いた。ね。そういうような、例えばメッセージでありました。ね、ですからね、お金はないですけれども、物はないですけれども、もう、とにかく、まあ、有り難うして有り難うして、ね、それを私の信心について回られた善導寺の方、亡くなられましたけどおりましたが。私の話を聞く度に、大坪さん、ほんなこて私が言うように有り難かってすかち言うちから。ほれで、もう、食べるお米もなからなきゃ、そのお金もない。借金がこう山んごと持っとんなさる。借金の催促は、もうそれこそ、借金を断るという、あの、この、これはもう、やっぱこれが一番辛いです。昔からね、もうそれこそ、(試薬修行の病を言う?)ほど辛いものはないて言われるように、この貧という事は辛いものです。私は本当にね、借金の断りというような事は、もう、そのかわりしらごつなこつ言うちから断りますたいね、その中で。また、しらごつどん言わにゃ、貴方合点しませんもん。いついつまで待ってくれ。もう、終いにゃね、またしらごつ言うたかという風に言われよりました。けれども、あの、それけんち言うちから、なら、何時いつち言わにゃ、あんたどんが来れんじゃない。というような事で、ね、もう、そりゃその、もうその、もうはじめ5遍10遍の間は言うばってん、あんまり重なりますとね、もう、その家の前に行ってね、道の前をぐるぐる回って、なかなか入りきらなかったですよ。もう、それこそ、もうほんなこて、自殺するごたる思いで、跳び込まにゃ入られんですよ。皆さんは、お金に不自由なさった方なんかはないからね。けれども、本当に修行というものは尊い。神様が求めて下さる修行。ね、私がそういう金銭の上で、まあ、人並み以上の言うならば修行、苦労をさせて頂きましたおかげで、私は、今は金銭には不自由いたしません。もう、それも必要だけ、私だけじゃありません。ここで金銭のお繰り合わせを願うて頂かん者はないというくらいです。だから、こういう勉強会にありましても、ここではほとんどが、商売人、事業をなさる方達が中心をしております。ですから、今頂いておる、皆さんが今例えば、もし難儀が、皆さんなんかは、その苦労もあっておられるような方達は(      )ません。(    )話を頂きよっても、それこそ文男先生じゃないばってんか、やはり恵まれておられるという感じですけれど。なら、一度、今度は自分が今、安武先生辺りのように、その単身布教に出られて、本当の言うならば人の助かる、人の難儀を自分が取り組みよって、人が助かられてならないというような事になって参りますとです、やはり、また考え方が違ってくると思うんです。ね、だからそういう時の為にです、言うならば、もう貧乏やらは、ね、布教に出ても、ちゃんとせんで済むような、いわば苦労せんで、言うなら道が開けるようなおかげを頂く為にです、ね、今の内に、今日私がはじめに申しました、この方の道は傘一本で開ける道と仰せられるのですから。ね、その傘一本を本気で(受けさせてもらう?)、求めさせてもらう。為には、先ず光に潤う。または、光を頂く。そういう私は精進を本気でなさらなければいけません。信心すれば、誰でもお徳が受けられる。神徳はみてるという事がない。御理解台2節ですね。神徳は誰でも受けること、信心すれば誰でも受ける事が出けると仰る。修行生の方達、願いを一つ、御結界(で話し出します?)。先の世までも持って行かれ、子孫にまでも残るものは神徳じゃ。神徳は信心すれば誰でも受ける事が出ける、みてるという事がない。こういう御教えはね、私ははじめの間はほんなこっちゃなあと思いよったです。だから、今朝から申します、教祖様は全然嘘を仰ってないんです。だから、せっかく信心をさせて頂くならです、その誰でも受けられるという、その神徳を受けて。ね。それで自分も助かり、人も助かり。同時に神様も助かって下さるほどしの道をです、私は体得させてもらわなければならんと思うですね。そこで問題は、神徳は信心すれば誰でも受けられるという信心とは、ならどういう事であろうか。私どもが知っておる限りの御信者、または先生方。そりゃ知ってます。けれども、本当にあれが神徳と言うのであろうかというようなお徳を受けておられる方は、本当に数えるだけしかない。あれほど熱心に信心しござった、先代の時には長年総代まで勤めてござったという方達がです、もう影も形もないように何処へ行かれたかわからんような方達を、私はいくらも知ってます。だから、そういう方がなさっておった信心ではいけない事が分かるでしょう。ね。神徳が受けられるという、誰でも受けられるという信心とは、そこに、なら、焦点を置いて信心させてもらわにゃいけません。お徳が受けられるような信心。いわゆる、信ずる心であります。ここでの信心は、信ずる心と書いてますからね。あの、御神訓の一番最後にありますね。信心の道を迷わず失わず、末の末まで教え伝えよというのは、この真心と書いてある。皆さん、こういう事を気にされた事はないですか。例えば、なるほどこの教典は、教祖様の御教えに基づいて、それを、なら、佐藤しゅくろうが、こういう、いわゆる教典風のものに作り上げなさったんです。それは、一日教祖様が(       )とですから、いちいちお伺いをされて、感じを、ね、なら、それこそ当て字のような字ばっかり書いておられますから、それに、こういう漢字を当てはめられたり。または、なら文句なんかでも(       )になったり、入られたりしておるという事なんです。だから、言うなら佐藤先生のこれは、人間心が入ってるんだと。なら、この信心の道を迷わず失わずでも、こういう風には、教祖は教えても書き残してもおられなかったと思うんですね。それを、なら、しゅくろうが、この、真心、ここでは信心。これもそんなに深い思いではなかったろうけれども、だいたい、ああいう、その学のあられたお方でしたから、様々に同じ信心でも使い分けてこうして教えておられますけれどもね。けれども、私はね、もうそういう、もし、そういう懸念があるならば、やっぱ(一生?)されなきゃいけません。これは、もう本当に神乍なものだという事です。ね、ご自分で文学も百姓と言うておられる教祖様ですから。ね。無学でお在りにならなかっても、まあ、言うならば、その字の意味とか、またはその漢字なんかでも、十分に知っておられなかったと。ね、それを誰でも読めれるように、まあ、こういう風に、まあ、直されて一つのこの教典になったと。これは、上野先生が学院におる頃でした。あの、真整先生の息子さん何とか言いましたね上野先生。ああ、和道先生と同期だったですから、ちょいちょいあちらにお邪魔を致しましてね。その、それこそ有り難い、色んなお話のテープやら、お話を聞かせて頂いて、帰って私(     )あのしてくれるんです。そん中に、今あの、内田何先生、りつこ先生ですかね。が、まあ、佐藤先生のお手伝いをなさったですね、この教典が出ける時の。そん当時の事を、の模様を、あの、話された。それをテープにとってあるのを先生が書いて来てました。だから、それをうつしてここに、確か上野先生がたしか直しておると思いますけれども。例えば、この御理解百節が、もう、さっさと、もうなさるですね。そして、まあ、これで一通り終わったが、(うちが?)、もうだいたい、いくつぐらい教えが出けたかと。何節ぐらい出けたかと。そしたら、先生ちょうど、只今いくらか、あの書かれた筆で、百節になりますと言うて申し上げた事があります。そしたら、佐藤先生が、もう大変に感動された、大変に喜ばれたという話が、そのテープの中に残っておるです。ね、だから、その一字から見てもね、いかに神乍なことであったのかという事が、いわば分かるでしょうが。ね。もちろん、こうやって、りっぱな、あの、教えになったものを、教祖様が一つひとつ目を通されて、しかも、御神前に奉られては、その事の真理を、まあ、お伺いをなさったり。ね、してから、これは出けたという御教えと言うのですから、私どもは、結局やはり、神の声として頂くべきです。ね。だから、教典、これはもう絶対のものだという事です。ね。例えば、(しゅかんのそうい)というような事を申しますけれども、なら、なるほど佐藤先生の主観が入っておるかもしれんけれども、その種間の中にです、もう金光大神が入り込んでしもうておられるという感じがするんです。まあ、これは、予断になりましたけれどもね。よく、そういう懸念、まあ、あれは佐藤しゅくろうが作られたように、まあ、言うて、まっ、軽く見る訳じゃないけれども、そう丁重にしないという人がありますね。だから、私はこの、もう一ヵ条一ヵ条をです、その一節一節をです、私は、もう本当にこよない大切なものとして、尊いものとして頂いて、同時に嘘はないと。ね。鐘の杖をつけば曲がる、竹や木は折れる。ね、神を杖につけば楽じゃと仰る、例えば御教えなんかです、もし貴方が今、楽でないならばです、神を杖についてない証拠なんですよ。私はそのくらいに、私は教えというものは、頂かなければいけないと思うんです。教祖様は、まあ、神を杖につけば楽じゃて、もう、ずっと金光様金光様と言うて、唱え続けておるけれども、もう不安で不安で、心配で心配で、きつうしてきつうして堪えんて、いうような事があって良かろうはずがない。楽じゃと仰っておられる。ね。神を杖につけば楽なんです。だから、楽でないならば、私はまだ、それほどに神様を信じていないと思うて、いよいよ、ね、信ずる力というものを身につけて行かなければいけない。ね。信心すれば、誰でも徳が受けられる、御神徳が受けられるという信心とは、信ずる心と書いてあるから、私はそういう生き方でです、固めて行った信心、それを固めて行く、信ずる、疑わない。ね。絶対、言うならば、私は、まあ、豪語するようですけれども、申しております。ナポレオンという人は、私の辞書から不能という言葉は取り下げまで行ったそうです。出けない事はないという訳なんです。ね。私は言っております。私の前の難儀というものはない。ね。難儀という、言うならば字は、もう私の辞書からは必要じゃないという。ね。けれども、ほんなら、あるじゃないか。様々な例えば、問題があるじゃないか。ね、けれども、私は難儀と思うてない。神愛と思っとる。ね、だから、私の前には、難儀はない。言うなら、問題はないということにもなります。ね。問題を問題に、あんまり、こうひねくり回しよるけん、問題が問題を生んでから、いよいよ、ね、つじつまのつかん事になって、金光教の曲がり角なんて言われるような事になって来るんです。と、私は思います。ね。あんまり、下界が多すぎますですね。はっは。皆がもう、相談よりか話し合いがね、何かいっちょん本当な答えが出らんなりに何年も何年でもかかっておるですね、やっぱ。えー、そげんかかって(よかろうと         )。それだけ(心境と言やあ?)仕方がないですけどもね。そげんまで(信心せんでよかと?       )のあの、(   )ですかね、あの、あれの何かでも、もうどのくらいかかってますかね、あれ。度々に取り上げられて、まあ、色々議論が出るんでしょうね、きっと。いわゆる、神徳を誰でも受ける事が出けるというのは、ね、いわゆる信ずる心が、神様をいよいよ清うなり、それこそ、神を杖につけば楽じゃというような心が開かれて来るところから頂かれて来るのが、神徳だと思いますね。
 なるほど、これならばね、誰でも受ける事が出ける。そういう信心をすれば、誰でも神徳を受けるということが。しかも、みてるという事がない、限りというものがない。信心の道を迷わず失わず。ここで、その、いわゆる信ずる心の信心ですね。普通で言う、神信心という信心を伝えようと言うても、それは伝わったり、伝わらなかったんだと思う。ね。そこで、ここでは、そういう、ね、子々孫々にも伝えられるほどしの、いわば信心とは、真心だという事です。そこで、また真心がいわば問題になる訳です。もう、私はあの人に真心いっぱいで尽くしたけれども。ね、反対にその、まあ、受けられる。ね。それは、私は真心でなかった証拠だと思うですね。真心で通じない、通わないはずはない。ね。そこで、その真心の(うた?)、追求という事が、大変ああでもない、こうでもない、という様々な一つ心を使うて、その真心を追求して行くわけです。そこでね、これは、まあ、私の生き方ですけれども。例えば、こうして色んな会合があります。今日は十時からと、こう。ね。時間を遅れます。ね。そすと人から、あの人はいつも時間励行をしないと、悪う言われるかもしれません。けれども、もし、そういう時にです、神様が色んな用事を言いつけなさったり。ね。すると、いわば、時間に遅くなります。と言うて、今日は神様の御用をさせてもろうて、いわゆる、神様が言いなさったけんて言うたっちゃ、人には通用しませんから、まあ、評判が悪うなります。あの人はもう、その、守らない。ね、約束を守らない。私どもの借金払いがそうです。ね。言うた通りに金を払うた事がない。けれども、私はその時分に思うておった事は、この、人からは笑われても、悪口を言われてもね、神様からは笑われてはならんというか。今の金光教の信心は、人に笑われてはならない事をしきりに教えるように感じるのですが、皆さんどうですか。ね、それこそ、なるほど何事にも信心になれよと仰せられるのですから。ね、何事にも信心にならなきゃなりませんけれども。ね。先ずはね、あの、神様を頂いて。神様の言われる事に、先ず忠実に実意を込めて行かなければいけないです。人間の方には少々、実意が欠けておっても、なら、時間励行しなくても。神様の方には、時間励行がなさらなきゃいけないです。その両方が出けるようになれば有り難いのですけれども、それを、人を中心にして行っておりますと、(やえ?)もすると、神様は姿も見えない、ゴチャゴチャと文句も仰らないから、神様の方をおろそかにして、人間の方ばっかりを大事にして行くような生き方になる。そういうところから、私は真心というものは、あんまりないと思う。それは、実際に信心をね、あの、神様の教導を受けて、させて頂いておりますとね、本当に申します・・そうですね、この教祖の、まあ、御伝記から頂くならば、あの、裸足の行をなさっておられる頃の事がありますね。それでも、やっぱし村人達が色々、まあ、悪い評判をかけると、奥様がそこのところに気を使うて、まあ、色々と心配をなさる。お前がそんなに心配なるごとあるなら、私が無精で、ね、わらじを作らん、ぞうりを作らんのじゃない。家にはちゃんとつくって置いてあるのだから、ね、おまえ後から草鞋を持って、ついて来てくれ。田畑にお出でられる時には、桑の先に、それ以来はあの、わらじを下げてお出でられたと。ね、神様が仰るから、わらじを履かんというのではない事をです、言うならば、合理的に、ね、信心を進められたという、そういうところが今の金光様の御信心の、何か中心をなしとるような感じが致しますね。人からも笑われちゃならん。そして、神様から笑われてはならんというところが、非常に弱くなったような気がするですね。ね、けれども、またのお話の中には、今日は親戚の誰々が亡くなったから、お悔やみに。しかも、隣近所の親戚、その(とうのえ?)、誘い合うてから行けとお出でられる、当の本人が出て来られる。もう、それこそ、まあ、言うならば穴でもあれば入りたいというような思いであった事に、でありましょうと。ね。けれども、そういう時にです、神様が嘘を仰ったというような風な受け方はいっちょんなさっておられませんもんね。それこそ、戻しの風は十層倍、戻しの風は十層倍と言うて帰れと言われれば、本当に戻しの風は十層倍と言うて帰っておられる。そこにです、戻しの風は十層倍という事は、限りないおかげという事だと思うんですよね。だから、人からは悪口を言われなさったり、笑われたりしてもです、神様からは笑われてはならないという生き方を、教祖の信心の上に見える事が出けます。そこのへんのところがね、言うならば、おかげは受けても御神徳を受けるというような信心のところがです、どうかこの頃、浅くなって来た。いや、それを軽視するようになって来た。私はそんな感じがするんですけれどもね。どこまでも、これは私の考えですけれども。ね。私はだから人間という事よりも、神様の方を尊重して来た。神様の方へいよいよ実意を込めて来た。例えば、なら朝の私の四時の御祈念が、わざわざ三十分前から隣の部屋に出て来とく事はいらんのですけれども。ね。私にとっては、もう、あの朝の一時というものは、もうそれこそ大変な時なのです、時間なのです。ね。もちろん、それこそ、十秒だって時間を切るような事があっちゃならないと思うております。ね。これは、私が神様への実意立てであります。言うなら、信条立てであります。ね。そして、そんなら、あの人の、なら会合なら会合といったような時にはです、なら、私が三十分遅れたり、1時間遅れたりする事もあります。出来るだけ勤めてはおります。ね。けれども、やはり、遅れるような事がありますけれどもです。それは、人が笑うなら笑うても良いけれども、神様からは笑われてはならない。ね。信心の道を迷わず失わず末の末までも教え伝える真心の道というものをです。ね、そのような中から、だんだん頂いて、まあ、これは来たように思います。一番の、これは私は絶対だというような、その言葉を使って申しております。それこそが、真心の道だ、信心の道だという風に言っておりますのは、今朝の教話の中にも少し申しましたように。ね。天の真。ね、天の真心。それを私どもがです、ね、合掌して受ける心こそ真心だと、私は、今日は聞いて頂いております。天地は真なら、天地は真心なら、その天地の働きをです、そのまま、真で真心で受けるということ。ね。それを、私は、ね、銘々の上に起きて来る様々な問題、難儀を含めて。ね。その事を、私は真心、実意の限りをもって、それを合掌して受けて行くということ。言うならば、御事柄として受けて行くということ。ね、これが、私が信心だ、真心だと頂いております。ね。そういう信心でなければです、失わず、末の末まで教え伝える事は出けないように思います。ね。甘木の初代が、ね、神様の御物を御物として生かされる、尊ばれる、丁重になさる。それが、真心なのです。ね。だから、あのような大徳を受けられたというような風に、今日は聞いて頂いた訳ですね。御理解2節について見て頂きました、信心すれば誰でも受ける事が出ける、しかもみてる事がないというほどしの、尽きぬおかげが受けられる御神徳。その御神徳を受ける事には、信心でなからなければならない。ここでは、信心を信ずる心と申しました。それを、御理解を引用して聞いて頂いた事は、ね、神を杖につけば楽じゃということ。ね、ところが、実は楽ではない。不安だ、心配だと言うならば、まだまだ貴方は神を杖についていないんだ、自分はまだ神を杖に付けれていないんだという事を悟らせてもろうて、なら神を杖につくという事は、どのような事かと、その事をもう一つ、一つ進めて、いよいよ神様を信じて疑わない、いわゆる神を杖に付かせてもろうて、なるほど神を杖につけばこのようにも楽な事だという体験を頂いて行かなければいけないと思います。御理解、例えばこの3節は、御理解の中でも、もっとも大事な御理解だと聞いております。あらゆる方達が様々な角度からお説きになっておられます。しかも、この教学的に説いたら、天地金乃神と申す事は、という事だけでも、時間空間といった言葉を使われて、もう限りない、言うならば哲学的な表現で、この天地金乃神と申す事はという、ね、言う事を説いておられる、(引用しました?)。また、読ましても頂きました。けれども、私はいつもこれは思うんです。この教典はね、私どもがおかげの受けられる受け方をしなければ駄目だという事です。ただ、これはね、人間が天地の道理が詳しゅうなるごと。天地の御恩徳が詳しゅうなる事のために、この教典があるとじゃない。これは、もう人間氏子がです、おかげを頂く為にあるんだと。だから、その教えのその一ヵ条、一ヵ条がです、一節一節がです。ね、おかげを受ける為の受け方、頂き方にならなければ駄目だという。ね。どんなに素晴らしい、例えば説き方をされてもです、それがおかげに繋がらないような、私はものでは、あんまり役に立たないと思うですね。それが、私は、これは、もう絶対おかげに繋がるという生き方をです、この御理解3節の中から、少し聞いて頂きたいと思います。天地金乃神と申す事は、天地の間に氏子おっておかげを知らず。神仏の宮寺、氏子の家屋敷、皆神の地所。その訳知らず、方角日柄ばかり見て、無礼いたし、前々のめぐり合わせで難を受けおる。この度、生神金光大神を差し向け、願う氏子におかげを授け理解申して聞かせ。末々まで繁盛いたすこと。氏子ありての神、神ありての氏子。上下立つようにいたすと。そこで、まあ、これは私どもの、まあ、教養がない、学問のない者は、ね、天地金の、まあ、天地金乃神様というお方はですね、というぐらいに頂いて頂いていいと思うんですよ。ね。天地乃神様が、天地金乃神様てどげなん神様ですかと、例えば問われた時に、天地金乃神様というお方はですねというような言い出しで良いと思うんですよ。ね。そして、ね、天地の間に住んでおる人間がです、ね、それこそ方角違い、見当違いな事ばかり言うたり、思うたりして来ておる事が、天地に対して無礼になっておるから、めぐりを作って行くんだ。そこで、この度、金光大神を差し向けて、そこのところの道理を言い聞かせ、わからせて、いわゆる神も助かり、氏子も立ち行くようなおかげの世界顕現に、天地の神様が、乗り出しなさったんだという風に、私はこういう風に頂いてるんです。あまりにもザッとしとるでしょうか。ね。これは、もう天地金乃神と申す事はと言うて、私は2時間ある大変教学的な先生から聞かせて頂いて、もうそれこそ、理路整然とここのところを聞かせて頂いたんですけれども。終いには(手間が?)どうかなってしまうごたる。ね、そこで、私が言い方なら、頭にそげん堪えんでしょうが。ああ、天地金乃神様というお方はですね、でよかです。と、私は思うです。そして、問題はです、人間がです、氏子が、ね、天地のこの御恩徳の中におりながら、御御徳を御恩徳とも悟らずに、言うならば検討違いな事ばかりを言うたり、方角違いな事ばかりを行なうたりしておる事がです、もう天地の機関にいよいよ適わん。ね。教祖様は、そこんところをです、前々のめぐりで難を受けおると仰る。だからね、まあ、言うなら人殺しをしたとかね、人ん物をとったぐらいな事は大しためぐりにはならんと私は思うんです。ね、時と場合によっちゃ。けれども、天地に対して、人間に対するという事ではなくてです、天地に対する御粗末御無。天地の働きに対する、言うならば、その天地の働きに人間の浅い知恵やら力でです、ね、(すみかね?)を当てるような頂き方。それが、御無礼になるという事なんです。それが、めぐりの元を作ると、前々のめぐりでと仰っておられる。ね。言うならば、ここのところが分かればです、私どもは、もうそれではなくても、このようにめぐりの深い私達ですから、これ、これから以後は、めぐりを作るようなことはせんで済むほどしの、私はこれは、御理解だと思うですね。ここんところばかりは、もうめぐりは作らん。ね。そこを、ここでは、こういう風に言っておられます。神仏の宮寺、氏子の家屋敷みな神の地所。その訳を知らず、方角日柄ばかり見て、無礼いたしと。そういう事が、積もり積もり、重なり重なって、前々のめぐりを形成して来てるんだ、難儀の元を作って来てるんだと教えておられると、わたしは。私は、ここんところを力説される事を聞いたことがない。私は、ここだけは力説。ね。そこでです、なるほど、甘木の初代がおかげを頂いたはずだと思うです。神仏の宮寺、ね、氏子の家屋敷みな神の地所ということは、一切が、言うなら神様の御物だあると、もう悟りきられたというところです、甘木は。ね。だから、その神様の御物に丁重されたんです。ね。自分の家のように思い、自分の屋敷のように思い。先日ここの村に久保山さんという方がおられる。まだ、私どもがこちらへ移ってからの御信者ですから、6~7年にしかなりませんけども、もう、非常に熱心です。もう、そして本当にもう、毎日毎日のお届けをなさるのに、そのお届けに、今日もどうぞ成り行きを大切にさせて下さいというのが、その、毎日の願いです。ですから、もう本気で成り行きを大事にされます。この頃はね、神様から色々とお知らせを頂かれる。有り難いね、アンタは頂いた事は、度々ちゃんとさきっちょに書いときなさいよ、と言うて書き止めさせております。信心生活という事について、三十分間、朝の教話を致しました。お互いの信心生活は、生活信心であって、ね、生活が中心だ。それを、まあ、私はあらゆる角度から説いたつもりだったんです、信心生活を。ところが、その頂き終わってからです、親先生、先生、今日は貴方の話を頂きよりましたら、神様からね、えー、何ち言うたかね。あっ、奉る道と頂かれた。字を書いて。(マイクから離れる)その道というのがね、その(     )というのはこれです。これを道と呼ぶんです。奉る道と。これが信心生活。分かるですか。しかも、これならね、もう、神様に通ずる、通う。ね。だから、頂いたけど、自分ではそげん、こう分からん訳です。だから、私が、それに、まあ、理解して言ってあげたんです。はあ、素晴らしいの久保山さん、今日、私が一生懸命、三十分間もかかって説かせて頂いた事を、これは、この二文字で、あの、表現し、教えておられるのですよと言うて、話した事でした。ね。それはね、御道で言う信心生活とは、奉る道なんだ。そこで、まあ、分かりやすく言うなら、久保山さん、貴方がね、朝参りをして来る。そして、この前身全霊を神様へ奉るんだ。お供えする道なんだ。ね。そして、神様、只今から帰らせて頂きますと帰る事を許してもらえる。只今からご飯を炊かせて頂きますと言うて、お許しを頂いて。只今から、畑に出て草をとらせて頂きますと言うて、お下がりを頂いての生活なんです、いわゆる。それが、信心生活だと。もう、まさにその通りです。自分がご飯を炊いておる。自分が帰りよる。自分が草とりに行きよる。ね。これは、生活信心。ね。信心生活とは、ね、奉る道である。それは、言うならば、人間の前身全霊、この体だけの事ではない、一切が天地の親神様の御物としての受け方、頂き方という事になるでしょう。ね。皆さんも御結界奉仕をなさる。貴方がたがなさるのじゃない。ね。神様に許されてと申しましょうか。それを、自分が取り次いでから、どうでんこうでん、いっちょ助けにゃんち言うてから、水かぶって断食したりするけん、無理の行く。ね、それこそ神様のお下がりを頂いて。ね、この前身全霊を神様から頂いて、そして、この体を使う事を許される。言うなら、ここの御理解3節で言うならば、神仏の宮寺、神の、もう一切が神様の御物であるという(   )に立ってのものの判断であり、考え方になって来なければならん。この事だけでもです、例えて言うたら、大変な考え、人間の考え違いという事がわかりますですね。だからですね、天地金乃神様の難儀の形成、もとが出来るというなんか大きいです。ほおお、そげなこつが御無礼になるじゃろうかと。ね。人の、ね、物を撮ったりなんかした事は、大変まあ、罪の呵責と言うかね、病身的に苦しい。そういう事なんか、神様あんがい問題にしておられんごたる感じがする。まあ、その泥棒せろという意味じゃないですけどね。はあ。もう、その大きなね、天地そのものに対するところの不平不足であったり、または、思い違い、考え違い。ね。神様の御物であるという、いわば見地に立つという事は、そういう言うなら思い違いから外れた。本当のものの見方、考え方が出けるようになるという事です。氏子の家屋敷。ね。みな神の地所。その訳知らず、そこから・・・
                                 (テープ切れ)